焚き木ひろい

Img_0349日本海上を低気圧が発達しながら通過した。
一日じゅう大風が吹いた。

風がおさまった後のワンコの散歩は薪拾い。
一晩じゅう木々を踊らせた大風は、弱って枯れた枝を払い落としてくれる。
考えようによっては、これから若葉を茂らそうという木にとっては、さっぱりしたのかもしれない。

さんぽのついでに、地面に落ちた小枝を集めて回る。
家に帰って適当な長さにパキパキ折る。 枯れた小枝はちょうどいい焚付けになる。

ときどき生木も落ちている。 これは焚付けにはちょっと不向き。
区別は簡単、少ししなっとしているのと、芽がついていること。 
きっと風が強すぎて折れてしまったのだろう。
同じ生木でも桜の枝は木肌がきれいなので拾ってきてしまった。

弱まった風にゆっくりと枝をゆすっている木を見ていると、ちょっと疲れたよと言っているようだった。

春分の日の散歩。

冬のひなたぼっこ

Pc310007冬になると部屋の奥まで陽がさしてきます。
夏にはたっぷりと茂っていた庭の樹々の葉もすっかり落ちて、いまは陽の光を集めてくれています。

陽の光で暖かくなった床にねころんで、ぼんやりするのがすきです。
葉を落としたクヌギやケヤキの枝の影絵のあいだをシジュウカラたちがかくれんぼをしながら遊んでいます。

12年をちょっとすぎた床板。 

ヒノキの台形集成材はむくの板とはまたちがった風合いを見せています。 細い材を張り合わせて板にしているので、それぞれの材の性格によって歳のとりかたがちがいます。
ちょっと柔らかいところだった材は、木目が浮き上がってやわらかい表情をだしています。
堅いところだった材は、時を重ねるにつれてきっぱりとした輝きをしています。

床板にはこれまでの日々が染み込んでいます。 きょうの冬のひとときの時間も柔らかい光に変えて木目に映し込んでいます。

柱時計のカッチンコッチンという音。
遠くで吠えている犬の声が聞こえています。

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やっぱり我が家がきもちいい

先週仕事でオクラホマに行ってきました。 きれいで快適なホテルでしたけれど、やっぱり我が家がきもちいい。  機能として快適な住まいと、生き物として安心できる棲みかとはちょっと別ですね。

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オクラホマは地平線の街。 ホテルの窓からは地平線を染めてあがってくる太陽がきれいでした。 スイーツ形式のきれいで快適なホテルでした。

未明に時差ぼけでうとうとしていると、風の音が。
風が出てきたんだと思ったのですけれど、それはエアコンの自動調整が働いた音でした。

ああ、このホテルでは風の音も雨の音も聞こえるわけはないです。

そういえば我が家はいろいろな気配が感じられます。
木漏れ日。 風で揺らぐ樹木の音。 雨音。 小鳥たちのさえずり。

今の時期
小春日和の午後には、風も止み、
小鳥のさえずりも遠くなります。

なんの音もしない。 ただただ暖かい日差しだけが
居間の床を満たしている時間が流れます。

わんこが自分の臭いが染みついた犬小屋が恋しいように、やっぱり我が家がいちばん気持ちよくて、恋しいです。

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部屋の明かりを暗くして

P7020013週末、食事を済ませて風呂にもゆっくり入って。
さて、今夜は少々夜更かしをしてもかまわない。

部屋の明かりを落として、CDを選んでボリュームをすこしあげてゆっくりとくつろぐ。

この夜選んだのはビルエバンスのWaltz for Debbyです。
ピアノとウッドベースが静かに語りあっているように始まるこの曲が大好きです。

一週間の仕事の張りがゆっくりとほどけていきます。
曲と曲のあいだごとに、あたりの静けさに気持ちがとけ込んでいきます。
ゆっくりと夜が更けていきます。 

明日の天気予報は晴れ。

明るい日差しと、うるさいほどの小鳥の鳴き声に起こされることでしょう。

無垢の床

Rimg0013 "限りなく畳に近い床板”
設計事務所の趙さんのところの学生さんが我が家に遊びにきた折、我が家の床をこう表現した。 3cm厚の檜の台形集成材の板は表面からはその厚みは判らないけれど、石庭の石のようにがっしりとした存在感をもつ。

そして、人よりもちょっと冷たい体温を持つ。

ワックスがけしていない木の床はさらっとしていて、感触がやわらかい。
畳も大好きだけれど、この床の気持ちよさも一度知ると、捨てがたい。

9月の朝

Rimg0152 9月 台風一過の週末の朝。
朝夕はずいぶんと涼しくなったが、日中はまだまだ暑い。
初秋というにはちょっと早いこの頃。


いつもより遅く起きると、すでに陽が射していた。
カーテンを落としているので、隙間から挿す陽の光は
尖っているけれど、部屋の中は薄暗くやわらかい。

網戸越しに涼しくて、さらっとした風がカーテンをゆらす。

しばらくこの薄暗さのまま、
コーヒーを入れる準備をして、
きょうは遅いゾとせかしてくる犬の水を取り替えて、
あさの餌をあげる。

朝食の後、
カーテンを上げると犬はベランダにひなたぼっこにでた。
わたしは、読みかけの本とクッションを持ってきて、
さらっとした床に寝転び、風を感じながらページをめくる。

自由が丘の雑貨

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ひさしぶりに自由が丘に行きました。
家を建てようとしている頃には、雑貨を探して良く行ったものです。
Twiceや私の部屋、デポ39など。 うちの奥様に引っ張られてあちこち行きました。
カントリー風の雑貨やデポ39のアンティーク雑貨などを買いました。
でも、今見直すとカントリー風雑貨とアンティークは互いになじみません。
見た目は同じようでも、そこにしみ込んでいる時間の濃さがちがうのです。
おなじように、新しい家に置いたアンティーク雑貨はすこし落ち着かないようでした。
やはり、しみ込んでいる時間の濃さがちがったのです。

このごろやっと、アンティークものがなじんできたような気がします。
時間がしみ込んだ物の落ちつきは心を静かにしてくれます。
家の床や壁も落ちつきを増してきました。 いいきもちです。

でも、明るくかわいい雑貨もなかなか楽しそう。

陰翳礼讃

Hinatabokko 秋口になると、だんだんと陽の光が居間の奥のほうに伸びてきます。
夏のあいだはびっしりと茂っていたコナラの葉っぱもだんだんと落ち始めていて、日向ぼっこしている犬の背中に木漏れ日が揺れています。

陰翳礼讃を改めて読み直しました。
以前は陰翳という言葉がさす様子を"薄暗い"というように感じていたのですが、
読み直すと、すべてを明るく照らし出さないという意味での薄暗さというのもあるのですが、むしろ暗がりの明暗のトーンの変化を重要視しているように感じました。
"隈"ということばで表されているのがそうではないかと。

けれどもこの"隈"というのがとても微妙な雰囲気を指していると感じます。

陰翳礼讃の中に、厠はきちんと清められて薄暗いほうがいい。 最近のトイレは明るすぎるというようなことが書かれています。
私が中学生の頃住んでいた営林署の社宅を思い出します。
古い木造平屋のその社宅のトイレは、黒光りした柱と板に囲まれていて、確かに薄暗く、木戸をあけて入ります。 明かりは奥の大便器の部屋と手前の小便器の部屋を仕切る壁の中で両方を照らす裸電球がひとつ。 中が薄暗いので足元の細い吐き出し窓からは汲み取り口の周りの砂利に反射する光がまぶしく感じたことを覚えています。

谷崎潤一郎氏が書かれているように、この家のトイレ、というより厠は落ち着きました。
現在のトイレとは違った、どこかしっとりとした落ち着きを感じました。

トイレの陰翳を考えたとき。それならば現代のトイレも薄暗くすれば良いのでしょうか?
例えば団地のトイレなどでは、もともと窓がつけられないケースもあります。 電気を消せば真っ暗。 ほの明るい照明にしておけばいいのかというと、それとは違うと思います。

谷崎潤一郎氏は昔の木できた金隠しと比べて真っ白い瀬戸物の便器が厠に合わないと書かれています。
子供の頃の社宅の厠は白い瀬戸物便器でしたが陰翳は感じました。 現代と何が違うかというと、明るい色の床や壁紙、天井からの蛍光灯などでしょうか。  社宅の厠は床板、壁板、天井板とも黒系統であって、斜めからの裸電球や吐き出し窓の光によって、"隈"ができていました。 
もうひとついま思い返して私が感じるのは、水の気配。   肥壷、手水鉢、手洗いの古びた蛇口から垂れる水滴、吐き出し窓の下の苔の香り。  現代のトイレより水の気配がありました。

現代のトイレは白さと明るさで清潔感を出しているといえるでしょう。匂いもなく、清潔感あふれる中でゆっくりと用をたす落ち着きもいいものです。  思い返すと、匂いに鼻を曲げながら、けれどそれもしばらくのこと、低くしゃがみこんで薄暗がりの中で用をたす瞑想のような時間も、今となっては得がたいものです。
現代のトイレでも暗い内装と照明の配慮、水気(みずけ)、ついでに言うと、厠の匂いをしつらえば、昔の厠の落ち着きが出るかもしれません。
・・・自分の家では試す勇気がありませんが。

コンピューターで描きだせない設計図

 我が家を設計してくれた趙さん(趙海光氏)のホームページの先週のコラムに、雪のちらつく奈良東大寺南大門が取り上げられていました。南大門のような建築というのは、ヒトの生活にベタベタまとわりついてこないで、人間とは別の秩序で成り立っているところが凄い、というようなことが書いてある。
 奈良や京都のお寺や塔の端整というか凛としたところってなにかすごいなと思っていたので、そういうことなのかと感じ入った。

 我が家を建ててくれた工務店と趙さんと我が家夫婦で、木曽の製材所を見学にいったことがあります。 そのついでにみんなで馬籠宿の本陣屋敷を見学しました。 そのとき若き青年現場監督くんが、眼を輝かせてその屋敷の構造(柱の取り合いと言っていた)をつぶさに見ていました。 こういった古い建物を研究していると言っていた。(古建築というのだそうです。 ふる建築ではなくて、こ建築です。)

 こうした建築は各所に微妙な設計が施されているそうです。 たとえば柱が完全な円柱ではなくて中程がほんのり太くなっていたり(エンタシスという)、天井をまったく水平にすると中央が垂れているように感じるのでほんの少し吊り上げてあるとか、屋根の微妙な反り具合をつけて、えも言われぬ美しさをだすといった工夫がいろいろあるのだそうです。 上記のエンタシスも並んでいる柱が立ち位置でそれぞれ違う曲線を持っているのもあるそうです。 
 ここにはコンピューターでは描きだせない、図面では表すことのできない曲線が古い建築を端整にみせているのだと思います。 職人技のものすごいところです。

 趙さんの仰っているポイントとはずれているのかもしれませんけれど、むかしの大工さんは、住みやすいとか機能的などと言われるのとは全く違った次元で、建物に美しさをつくりこんでいたのですね。 下に紹介する本を読んでいただけるとよく判ると思います。 こうしたことを知りつつ自分の家を建てると、面白さも格別です。
  「木に学べ」西岡常一
   法隆寺・薬師寺の美しさを宮大工の視点で書いてくれて
   います。建築の美しさが判ります。 木の家がすきな人は
   ぜひおすすめです。
          わたしは、この本を読んだ後、奈良に実際に見に行って
   しまいました。

  「木のいのち木のこころ(天)」 西岡常一
   上記宮大工の西岡常一さんの本、こちらは職人の誇り、
   技の継承などが書かれています。 現代のプロジェクト
   管理と重ねあわせて読んでも、貴重なポイントが各所に
   でてきます。

  「職人が語る「木の技」」 安藤邦廣
   宮大工、鍛冶、左官、建具、瓦、さまざまな職人さんの
   技とこころについて、職人さんのインタビューを軸に
   書かれています。
   家を構成するいろいろなものの”本質のところ”を知る
   のに役立ちます。

  「古建築の技 ねほり、はほり」 関美穂子
   この本も古建築に携わる職人さんたちの技を、ねほり、
   はほり、引き出してくれています。 職人さんはここまで
   やるのか!と感心することしきりです。

  「民家のこころ」 道塚元嘉
   民家の構造について、土間、小屋裏、囲炉裏、軒、縁側
   など、それぞれの細部の成り立ちや構造を紹介しています。
   民家を立てたい人におすすめ。

  「木のある生活」秋岡芳夫
   有名な工業デザイナーです。 建物ではありませんが、
   木のある生活の良さをいろいろな道具をとおして教えて
   くれます。
   木のお椀の完璧な手頃さのデザイン(外側と内側のカーブ
   の違いの秘密)、桶と樽の精妙なメカニズムの違い、
   女の弁当箱(食べるしぐさの美)、おいしい箸(見立ての
   サイエンス)など、かくも美しくて心地よい道具がむかし
   からあったのかとジンときます。

 

ひなたぼっこ

hinata 秋になるとお日様が部屋の中までさしてきます。
我が家のひさしは比較的深いほうです。
夏は部屋に陽が入らず涼しくて、秋冬は中まで陽が入ってきます。

ヒノキの床がぽかぽかと暖かくなり、犬と一緒に昼寝をしたりしています。 季節による日照角を計算に入れているのだと思います。  建築家の設計というのはいろいろ考えてくれているのだなあと思いました。